USER’S VOICE乃木坂 結 yui
オーナーシェフ 増山剛

乃木坂 結 yui オーナーシェフ 増山剛

素材の旨みを引き出し、季節の「五味」が感じられるスタイリッシュな中華料理

「四川飯店 赤坂」で12年の経験を積み、「四川料理 剣閣」「広尾はしづめ」を経て、2021年に「乃木坂 結 yui」をオープンさせた増山剛氏。「五味」が感じられるシンプルでスタイリッシュな中華料理を探求する増山氏は、お客様とのコミュニケーションを大切にしながら、食を通じた喜びを提供することに、自身の料理人としての喜びがあると語る。料理人を志したきっかけから独立の経緯、中華料理にかけるこだわりついてお話しいただいた。

食を通じて誰かに喜んでもらえること

―――増山さんが料理の道を進むきっかけとなった出来事について教えてください。

小学校6年生の時、家庭科の授業で習ったジャガイモのソテーを母親に振る舞ったことがあったんですね。いま考えるとそこまで精度の高いものではなかったと思うんですが、「美味しい」と言って喜んでいる母の姿を見て、食を通じて誰かに喜んでもらえる仕事って、きっと楽しいんだろうなと感じたんです。振り返ると、その時の経験が料理の道を目指すきっかけになったんだと思います。

―――料理をされたのはその時がはじめてだったんですか?

両親が共働きになってからは、母親がいない日に僕が料理をつくっていましたね。父親がいかにも昭和な人間なのでまったく料理ができず、母がいない日に「お腹減ったね」と言われたら、それは僕になにかをつくれということなんだろうなと思っていました(笑)。パッケージの裏に書かれている説明を見ながら、最初はインスタントラーメンからつくりはじめて、それが徐々に日常になっていきました。

―――その後、いつから料理を専門的に学ばれたのでしょうか?

高校進学の時に、調理科のある学校に進みたいと話していたんですが、両親からはどうしても普通科を出てほしいと言われ、仕方なく普通の高校に進学しました。ゆくゆくは料理の世界に進みたいと伝えてはいたものの、そう簡単にプロになれる世界ではないし、誰もが自分のお店を持てるような甘い世界ではないと思っていたんだと思います。おそらく、いつか僕が挫折して違う道に進むと考えていたんじゃないかなと。

卒業後、池袋の武蔵野調理師専門学校に進学したんですが、一人暮らしだと絶対に学校に通わなくなるだろうと言われてしまい、栃木の実家から電車で一時間半ぐらいかけて通学させられていました。まったく信用してもらえてなかったですね(笑)。

「いちばん厳しくて、いちばんいい仕事をしているお店」

―――卒業後には「四川飯店 赤坂」に就職されていますが、中華料理の道を選んだ理由はなんだったんですか?

当時はなにも考えていなかったので、とりあえず厳しいところに就職できればいいなと思っていました。せっかく料理の道に進むのであれば、最難関のところにいきたいという気持ちがあったんです。なので、進路相談の時に「いちばん厳しくて、いちばんいい仕事をしているお店はどこですか?」と聞いたんですね。すると、どの先生も四川飯店を指差したので、じゃあそこに行こうと。

その時先生から、「誰が社長なのか知ってるの?」と聞かれて「いや、知らないです」と答えたら、めちゃくちゃ怒られましたね(笑)。調べてみたら、子どもの頃にテレビで観ていた『料理の鉄人』の陳さんだとわかり、それからは四川飯店一択でした。

―――四川飯店での経験のうち、どのようなことが印象に残っていますか?

働きはじめてから2年目が鬼門で、薬味を切ったり、なまこを戻したり、お昼の賄いをつくったりしながら、杏仁豆腐や胡麻団子などのデザートも担当しなくてはならなくて、とにかく仕事量が多かったんですね。同期が何人も辞めていき、実は僕自身も一度逃げようとしたことがあったんです(笑)。

真夏のある日、同期が杏仁豆腐を出しっぱなしのまま帰ってしまい、腐らせてしまったことがあって。翌日、夕方に宴会の予約が入っていたので、それまでにまた準備するのは無理だろうと、買い出しに行くふりをして逃げようとしたんです(笑)。ところが私服に着替えているところで捕まってしまい、料理長に呼ばれて「間に合うから大丈夫だ。頑張れ」と説得されたんですね。すっかりやる気を失っていたんですが、なんとか先輩の手伝いもあって間に合わせることができました。

3年目ぐらいからは、人手が足りない店舗にヘルプに出るようになり、都内に限らず、栃木や広島、博多といった地方を含めた9店舗ほどを経験しました。最初は指示されて行っていたんですが、最後の方は自ら手を挙げていましたね。店舗の料理長によってスタイルがまったく違うので、その都度勉強になったんです。たとえば、通常のランチセットは麻婆豆腐定食だけなんですが、エビチリ定食を出していたり、チャーハンとエビチリのセットや、エビチリ丼を出しているお店があったりと、学ぶことがたくさんありました。

また、陳さんの助手としていろんな場所に同行できたこともいい経験になりましたね。基本的にイベントで外に出ることが多く、撮影現場での振る舞いやおもてなしの仕方などを間近で学ぶことができました。料理の撮影を終えると、かならず陳さんは新しく料理をつくり直していて、「お店を紹介してくれる方たちに、冷めた料理は出せない」と言っていたのを覚えています。イベント後の挨拶回りでは、「お写真撮ります」と言われるとすぐに笑顔になれるんですよね。料理人は不器用な人が多いので、やっぱり陳さんはプロフェッショナルなんだなとその時に感じました。

独立の踏ん切りがついたコロナ禍での挑戦と父親との対話

―――2021年に「乃木坂 結 yui」をオープンされましたが、独立についてはいつから考えていたのでしょうか?

もともと独立願望が強かったわけではないですね。親がサラリーマンとして勤め上げた人間なので、どちらかというと僕もそういうタイプなのかなと思っていました。独立について具体的に考えるようになったのは、「広尾 はしづめ」の頃にコロナ禍に入り、緊急事態宣言の期間中にテイクアウトのメニューを考えたり、商品開発をしたりと、いろんなことに挑戦したことがきっかけだったと思います。専務から在庫が残ってしまった麺の相談を受けた時には、焼きそばを売りましょうと提案したり、夏には冷やし中華のタレを麺とセットで売ったり。

日替わり定食のように毎日メニューを変えながら、お客様が外に出られない状況で美味しいものを届けるにはどうすればいいのかを考え続けていました。売り上げは少なくなったとはいえ、真面目にやっていればお客様は来てくれるんだなと、その時の経験が自信になったんですね。「頑張ってね」とお客様に言ってもらえたことも嬉しくて、自分のお店をやってみたいという気持ちがはじめて芽生えたんです。

また、同じ時期に父親が病気になり、じっくり話す時間が持てたことも大きかったですね。それまでは勉強ばかりで、ほとんど実家に帰っていなかったんですが、父親と話す中で「お前は人生で何をやりたいんだ?」と言われたんです。「俺は子どもを育てる人生だったけれど、結婚や子育てだけが人生のゴールではないし、いろんな生き方がある」と。その時、一度きりの人生なんだから、勝負してみようかなと踏ん切りがついたんです。

 

「五味」のバランスを見直し、自分自身の料理を確立する

―――「乃木坂 結 yui」をつくるにあたり、どのようなお店にしたいと考えていましたか?

やはり他店と差別化したいという気持ちがあったので、料理・サービスはもちろんのこと、中華料理店という内装よりは、自宅に戻ってきたようなホッとする空間、ちょっとホテルライクな空間の中で、自身の料理を食べていただきたいなと。

いろいろと物件を探す中でこの場所に決めたのは、日の光が入るテラスがあるのがいいなと思ったからでした。僕自身、気候・季節がわからないくらい厨房にこもりっきりになるので、四季が感じられる場所で働きたいなと。オープンしたばかりの時は、表に店名しか書いていなかったので、和食屋さんやお蕎麦屋さんだと思って来られたお客様もいらっしゃいましたね。

料理については、「広尾 はしづめ」の時代から和出汁を使うことや、旬の食材の旨みを引き出すことを意識してきたので、ここでもそういったスタイルのメニューを提供しています。中華料理といえば味が濃いものが多いと思いますが、次の日に胃がもたれてしまうお客様もいらっしゃるので、極力油は使わずに、てりを出すための化粧油も必要最低限にしています。

また、この店をつくる時に、甘み・塩味・酸味・苦味・旨味といった「五味」のバランスをどのようにとるのか、もう一度すべてのアプローチを見直すことにしたんです。自分自身の料理を確立させるための感覚を研ぎ澄ませていった感じでしたね。

―――はしづめ製麺は「五感でつくる麺づくり」をブランドコンセプトに掲げています。増山さんは、料理をする上でどのように五感を意識されていますか?

日本で中華料理店をするにあたっては、料理のあしらいや見た目の綺麗さを大事にしたいと思っています。あとは、熱いものは熱く、冷たいものは冷たいまま提供することですね。揚げたての春巻きや、土鍋で提供する麻婆豆腐などは、熱々だからこそ中華料理としての意味があるものだと思っています。

麺そのものを主役に、シンプルなスタイルを突き詰めた「醤油焼きそば」

―――メニューの中には、他の具材を一切使わない醤油焼きそばを提供されています。かなりシンプルな料理ですが、このように提供されるようになった経緯をお聞かせください。

麺料理を提供する時、究極のことを言えば、スープも何もいらないのではないかと考えたんですね。麺料理の主役は麺そのものですし、麺の小麦のフレーバーを感じていただくために、必要のないものをすべて削ぎ落としていく中で、はしづめ製麺の麺線を活かしていくためには、このもっともシンプルなスタイルに辿り着きました。

使用する麺を決める上では、はしづめ製麺の中でもっとも小麦の風味が感じられる麺を使うために、スタッフのみんなの意見を聞きながら、いただいたサンプルの中から選びました。当初僕が選んでいたのは別の種類だったんですが、みんなが美味しいと感じる麺にしようと思ったんです。僕のお店なんだから、僕が好きなように決めるべきだと思われる方もいるかもしれないですが、それだとエゴを押し付けることになってしまい、周りが見えなくなるんじゃないのかなと思うんですね。お客様の存在があってこその商売なので、お客様の意見はもちろん、スタッフの視点をちゃんと取り入れられるかどうかはとても大切だと考えています。

お店とお客様と生産者をつなぎ、麺料理の幅広さを表現していきたい

―――普段お客様とはどのようにコミュニケーションをとられていますか?

接客を担当しているマダムがお客様に聞いてくれることもありますし、僕自身がお客様のもとに行き、ご希望に合わせて料理を提案することもあります。もしお客様に食べられないものがあるとしたら、それを除いた料理をつくりますし、焼きそばをつくるにしても、カリカリに焼いてほしい方もいれば、ソフトな方がお好みのお客様もいるので、それぞれのご意見を聞いた上で調理しています。

そういったお客様からのご意見は、料理人にとってのチャンスだと思うんです。新しいことを覚えるきっかけになりますし、お客様の希望をかなえるためにはその分スキルアップが必要になるので。お客様から感謝される度に、これまで修行してきたのはこのためだったんだなと感じますね。

店名である「結」には、僕たちとお客様、さらに生産者様とのつながりをつくりたいという想いを込めているんです。生産者さんとは、なかなか普段直接お会いできる機会は限られているんですが、やり取りさせていただく中で、買い手が見つからないB品を買い取る時もありますね。B品とは言っても味にはまったく問題ないので。微力ではありますが、さまざまなかたちで生産者さんの手助けができればと思っています。

―――最後に、増山さんの今後の展望についてお聞かせください。

麺料理は果てしなく幅が広いので、中国や東南アジア、日本など、いろんな地域でつくられている麺料理の魅力を表現していきたいと思っています。最近はいろんなオファーをいただくこともあり、先日はフランスで料理をつくる機会がありました。これからはこの場所だけにとらわれず、コラボレーションへの挑戦や、さまざまな場所に赴いて料理を提供していきたいと思っています。そこでの学びをまた経験値にして、今後に活かしていきたいですね。

プロフィール

増山 剛 氏

1980年 栃木県生まれ
1999年 武蔵野調理師専門学校 入学
2000年 赤坂四川飯本店 入社
2013年 赤坂四川飯店 退職
2013年 中国料理剣閣 入社
2014年 中国料理剣閣 退職
2014年 はしづめ 入社
2020年 はしづめ 退職
2021年 乃木坂 結yui開業

乃木坂 結 yui

住所
東京都港区南青山1-23-12 m&one南青山 1F
電話
03-4362-8100
営業時間
最新情報は店舗ウェブサイトをご確認ください。
定休日
最新情報は店舗ウェブサイトをご確認ください。
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