USER’S VOICEイチリンハナレ
オーナーシェフ 齋藤 宏文

イチリンハナレ オーナーシェフ 齋藤 宏文

分解と再構築を通して、中華料理の体験をデザインする

中華料理の名店「四川飯店」にて12年間の研鑽を経たのちに、東京を中心にさまざまな飲食店を展開する株式会社ウェイブスにて、「東京チャイニーズ一凛」「イチリンハナレ」「TexturA」のオーナーシェフを務める齋藤宏文氏。中華料理における分解と再構築を試みるという齋藤氏は、素材へのこだわりを通じた独自性の追求だけでだはなく、訪れた方の喜びにつながる「体験のデザイン」を実践している。現在はEC商品の開発にも力を注いでいるという齋藤氏に、これまでのキャリアを振り返りながら、中華料理にかける想いを語っていただいた。

ひとつの鍋を振るう、中華料理の大胆さ

―――齋藤さんが料理の世界に進んだきっかけは何でしたか?

子どもの頃から食べるのが好きだったことが大きな理由ですね。僕は静岡県御殿場市の出身で、距離が近いということもあり、東京によく連れて行ってもらっていたんです。当時は地元にマクドナルドすらなかったので、なんてことないラーメン屋であったり、あらゆる料理が美味しく感じられて、東京という街に憧れを感じていました。

―――料理の中でも中華を選んだ理由を教えてください。

当時進学した東京の専門学校では、和洋中しか選択肢がなくて、和食の世界は厳しそうだし、フレンチのあの帽子は被りたくないなって(笑)。当初はそんな消去法的な理由だったんですが、中華を好きになった理由は単純で、ひとつの鍋でさまざまな種類の料理ができることに魅力を感じたからです。あまり難しいことはせず、ひとつの鍋を振るう動作だけで料理を仕上げることができる大胆さがかっこいいなって思ったんですよね。

―――齋藤さんは陳健一さん(2023年3月逝去)がオーナーを務められていた四川飯店で長く勤められていましたが、どのようなきっかけで入社されたのでしょうか?

もともと陳健一さんに憧れていたというわけではなくて、最初に就職したのはむしろ、当時ブームになっていた『料理の鉄人』で、陳さんに勝った中国人の方のお店だったんですよ。八王子と代官山に店舗を構える広東料理のお店で、テレビを観てかっこいいなと思って電話したんです。

そこでは1年間ほど働いたんですが、入社1ヶ月ぐらい経った時に先輩から「本気で料理をやっていくんだったら、俺がお店を紹介してやる」と言われて、それが四川飯店でした。でもその時点では陳さんのお店だとはまったく知らなくて、オーナーに辞めることを伝えた際にも「陳さんのところに行くのか」と言われて、「違います」って答えていたぐらいで(笑)。

「10年は最低続けろ」と紹介してくださった方から言われていたこともあり、四川飯店には12年間ほど勤めました。10年経ったあたりから今後について考えるようになったんですが、独立したかったわけではなく、かといって働きたい店がほかにあるわけでもなくて。そんな時に、たまたま友人に連絡したところ、「うちを手伝ってよ」と言われたことがウェイブスへの転職のきっかけになりました。

―――ウェイブスに入社されてからは、「東京チャイニーズ 一凛」「イチリンハナレ」「TexturA」とさまざまな店舗を手がけられています。その皮切りとなった「一凛」をはじめた経緯はどのようなものでしたか?

入社当初はウェイブスが運営している「中国酒家 大天門」で働いていたんですが、徐々に自分の関心が、お客さんと対面でコミュニケーションが取れる、カウンター席のお店の方に移っていったんです。これまで調理場で淡々と料理をつくり続けてきていたので、そのことに疑問を感じるようになっていましたし、もともと人と接するのが好きで、お客さんが喜んでいる姿を見ることが、自分の料理の根本にあるからだと思います。

独立した方がいいだろうなと、その旨を社長に伝えたら「それならお金を出してあげるから、うちでやりなよ」と言っていただけて、それが「一凛」をはじめるきっかけとなりました。代表の多代さんはやりたいと決めたことに一切躊躇しない人なので、すぐに事が運び、大胆なブランド展開ができたなと思っています。

中華料理の分解と再構築、そしてデザイン

―――料理と向き合う中で大切にされていることは何ですか?

分解と再構築をテーマに、料理を通じて提供できる体験をデザインすることが僕にとって重要だと考えています。たとえばエビチリの場合、エビ、ニンニク、生姜など、それぞれの食材に分解して考えてみる。「もっといいエビを使った方がいいのかもしれない」「ケチャップはこの種類でいいのだろうか」「トマトはトマト缶でもいいのかもしれない」など、一つ一つの食材を分解して考えた上で、最終形としてのエビチリを再構築していくんです。

そして中華料理におけるデザインとは、美味しい料理を提供するだけではなく、食事を楽しむという体験を提供すること。たとえば、ただ真っ白なお皿に料理を盛り付けるのではなく、より料理を楽しんでいただけるためにお皿に工夫を凝らすことで、体験としての新たな価値を提供できるのではないかと考えています。

―――その考えにはどのように至ったのでしょうか。

四川飯店で働いていた頃は、陳健一さんというブランドがまずあって、その中で100点の麻婆豆腐や、100点のエビチリという正解がありました。それを10年以上続けていくうちに、別の正解もあるんじゃないかなと考えるようになったんです。どの料理人も同じエビやフカヒレを使い、同じような味付けをしていて、味も値段も一緒なのだとしたら、さらに価値を生むためにはデザインが必要になってきます。

四川飯店時代に陳さんにいろんなお店に連れてもらい、さまざまな料理を食べさせてもらう中で感じたのは、中華料理店にはデザインが足りないということでした。体験のデザインに価値を置いているところはほとんどなかったので、ビジネスの観点からも、少ない人数のカウンター席でゆっくりと中華料理が楽しめるお店をつくることで、新しい価値を提供したいと考えたんです。

プラスではなく、掛け算となる食材選び

―――現在お使いいただいている、はしづめ製麺の商品を選んだ経緯をお聞かせいただけますか?

最初に使いはじめたのは香港麺で、シンプルなスープに合わせる麺と、焼きそばに使用しています。僕がつくるスープにはこの麺が一番いいなと思ったのが選んだ理由ですね。麺自体の香りがいいことはもちろん、クオリティが高く、商品としてのオリジナリティがあることも決め手でした。

料理を分解・再構築するためには、どんな食材を使うのかがもちろん重要になってきます。一凛では、30席の店を3人で切り盛りしているため、ランチは1分でつくれるものと決めていて、その時にどんな麺が必要なのかを考えた結果、短い時間で美味しく茹で上がるはしづめ製麺さんの商品を選んでいます。

それと同時に、自分の料理にとってプラスになるものではなく、掛け算となるような食材であることも重要だと考えています。すぐ伸びてしまったり、麺の状態が悪いなど、麺そのもののクオリティが高くないと、やりたい料理があってもできなかったりするんですよね。

―――「よだれ鶏」のセットでは、山椒麺をご使用いただいています。

山椒麺は、「広尾はしづめ」のランチでいただいた時に印象に残っていた商品でした。もともとよだれ鶏は、ある焼き鳥屋さんで出会った「高坂丹波鶏」という食材が中華に向いているんじゃないかと思い、新たにタレを再構築したことで生まれたメニューです。当初はよだれ鶏のためだけの提供していたのですが、「タレが余ってしまうのがもったいない」とお客様に言われたことをきっかけに、現在のように「3段活用」として餃子と麺、スープと一緒に提供するようになりました。

山椒麺は、そんなよだれ鶏のタレに合う麺を探している中で出会った練り込み麺で、どんな食材ならお客様が楽しめる体験を提供できだろうと考えた上で選びました。一般的に麺料理はコースの最後に出てくるものだと思いますが、イチリンハナレではコースのはじめの方に組み込むことで、香りや食感にインパクトを感じていただける、オリジナリティのある体験としてデザインしています。

ECを通じた新たな体験のデザインへの挑戦

―――最後に、齋藤さんが今後挑戦したいことをお聞かせください。

最近は、麺にとって最適な保存方法や、食材の管理方法について考えていて、温度や湿度によって日持ちが良くなったり、さらに美味しくなるような方法がないかと、いろいろと試行錯誤をしています。それが実現できれば、今後は飲食店とは異なる、実店舗を構えないスタイルも検討できるのではないかと思っています。

以前、スシローさんと一緒によだれ鶏のタレをアレンジしたコラボレーション商品を開発させていただいたのですが、その際に自分がデザインしたひとつの商品が、1億から2億人の方に届くことに驚いたんです。それだけ大きな数を生産に乗せなくちゃいけない場合、商品に使用する食材が時期によって用意できないと、提供できなくなってしまいます。長期的に同じものを提供し続けるためには、調理場を構える実店舗とは別の考え方の保存方法が必要になるので、そこに挑戦するのはおもしろそうだなと感じたんです。

また、お店で提供しているような体験のデザインがECでも実現できるのであれば、それに挑戦してみたいなと思っていて。スシローさんの商品が思ったよりも好評だったことが、よだれ鶏のタレのEC販売をはじめた理由でもあるんですが、イチリンハナレでは1日に40人ぐらいしか提供できない料理が、ECであればより多くの方に届けることができますし、お店に連れてくることができないご家族やお子様などにも商品を提供することができます。お店と同じように、ECを通じた自宅での体験もデザインすることで、また新たな価値が生まれると思うので、そのための保管方法について今後は考えてみたいなと思っています。

飲食はやっぱり楽しいですし、ほかには替えのきかない体験を提供できる仕事だと思っています。世の中がどんなに便利になっても、かならず人は食事を楽しみたいと思うものなので、今後も食事の楽しさを提供できる場や体験のデザインに挑戦していきたいですね。

プロフィール

齋藤 宏文 氏

1976年 静岡県出身。赤坂四川飯店にて12年修業後
2008年 株式会社ウェイブズ勤務
2016年 総料理長に就任
2013年3月 築地「東京チャイニーズ 一凛」店主
2017年4月 鎌倉に一凛の離れである「イチリンハナレ」を開店
2019年4月 有楽町に中華×スパニッシュ「TexturA」を開店

イチリンハナレ

住所
神奈川県鎌倉市扇ガ谷2-17-6
電話
0467-84-7530
営業時間
ランチ 11:30-14:30
(L.O.food12:00/L.O.drink14:00)
ディナー 17:30-22:30
(L.O.food20:00/L.O.drink22:00)
最新情報は店舗ウェブサイトをご確認ください。
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不定休
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